熊谷西高校の1,2年生だったとき、私は担任の教師からハラスメントを受けていました。当時は認識できていませんでしたが、今から振り返るとそれは「ハラスメント」以外の何者でもありませんでした。

それがどういうものであったのか、私の精神にどういう悪影響を及ぼしたのかを、ここで告白しようと思います。今でも同じような被害が日本全国で生じているはずですので、そこから逃れるためのヒントになればと思います。

ハラスメントとは?

まず、ハラスメントとは何か? セクシャル・ハラスメント(セクハラ)、パワー・ハラスメント(パワハラ)など種類はたくさんありますが、一般的な意味としては「力関係が上であることを利用した常習的ないやがらせ」です。ただの「いやがらせ」と違うのは、加害者と被害者に力関係の差があることと、一定期間繰り返されるかどうかという部分です。

また、加害者にはハラスメントをしている意識がないケースが多いというのも重要です。本人は指導の範囲、冗談のつもりということが少なくありません。私の担任教師も指導のつもりだったと言うでしょう。

私が受けていたハラスメントが何だったかと言うと、分類するならモラル・ハラスメント、モラハラに当たります。これはハラスメントの中ではちょっとなじみが薄いかもしれませんが、相手に対し「こうすべき」「こうしないのはお前が悪い」と、価値観や倫理観を押し付けるハラスメントです。しかも、暴言・暴力といった分かりやすいやり方ではなく、被害者にすら認識しづらい方法で行うのも特徴です。

では、これ以上の分析は後回しにして、経験談をご紹介します。

担任教師から受けたモラハラ事例

いくつかの具体的事例をご紹介していきます。加害者は高校1,2年生のとき、持ち上がりで同じクラスの担任となっていた50代くらいの男性教師でした。

1)成績の悪さを指摘し無力感を抱かせる【すり替え】

これはたしか高校1年生のときのことです。私は定期テストでクラスの中間より少し下の成績を取りました。これは勉強が難しいという問題ではなく、そもそも高校の勉強というものが自分の期待していたものと違ったせいなのですが、担任は言いました。

「中学まではそこそこの勉強で上位にいれたかもしれないが、高校ではそうはいかない」

このようなことを私に言いました。

問題の本質は、そもそも高校で教えている勉強が退屈であるということでした。こっちとしては「こんなの真面目にやる価値ないだろ」という意味でのショボい成績だったのです。が、彼はそれを私の実力不足のせいにしたいようでした。「中学までトップクラスだったけど、偏差値の高い高校では苦戦してる田舎の秀才」みたいなステレオタイプに当てはめて、私に無力感を抱かせようとしていたのです。

「無力感を抱かせる」という言動は高校1,2年生の全体を通じて彼が私に行っていたことでした。これは形を変えて何度も繰り返されます。

2)自発的な勉強をバカにする【抑圧】

これも、無力感を抱かせる言動の一例です。

2年生のとき、すっかり落ちこぼれとなった私は哲学書にハマり、そのときはカントの『道徳形而上学の基礎づけ』を読んでいました。それを面談ときに話したら、担任は、

「それはどういうことが書いているの?」

と質問してきて、私が答えられずにいるとバカにしたような態度を取りました。つまり、「どうせ分かってないんだろ?」ということです。「現実逃避のために読んでるだけだろう」という侮蔑の感情もあったでしょう。

私はこれにもまた無力感を持たされましたが、あとで思えば、高校生でそんな本をまともに理解できるはずがないのです。むしろ、我ながら、チャレンジするだけで立派です。無謀ですが、そういうところから知的探求の歩みが始まるはずです。

が、彼はそういう反応をすることで、私の知的探究心、好奇心を抑圧しようとしていたのです。

3)退学の意志表示をはぐらかす【無視】

これは決定的な出来事です。

私は高校2年生の、たしか秋ごろ、ついに高校を退学しようと決意しました。それ以上残っていても自分のしたい勉強はできないし、時間の無駄だと判断したからです。

そうしてかなり迷った末に担任に「退学したい」と伝えると、なぜ辞めたいのかと理由を聞かれました。なので、

「ここでは自分のやりたい勉強ができないから」

と答えました。これが第一の理由でした。私としては自分の好きな勉強を思う存分したかったのに、高校では大学受験のための中途半端な勉強しかできない。しかも効率も悪い。だから辞めたかったのです。しかし、彼はそれについてはまともに取り合わず、

「クラスメイトとうまく行かないからじゃないのか?」

と問い返してきました。実際、そういう面もなくはなかったので、私は「それもあります」と答えました。で、返ってきたのは、

「どっちが本当の理由なんだろうな」

という一言でした。これは今でも忘れられない、非常に侮蔑的な一言です。

要するに、彼は、私が高校を辞めたいのは「勉強どうこうでなく、友達がいないからだろう」と言いたかったのです。そういうことによって、問題の本質を覆い隠そうとしたのです。

私は私で、人間関係の問題もあったから、強くは否定できませんでした。「そうかもしれない」と思わされてしまったのです。

相手のちょっとした悪いところ、弱いところを指摘して罪悪感をもたせ、その人の感情や思考を否定する。これはハラスメントの常套手段です。夫婦間のDVでもこういうことはよく起こります。被害者である妻は、往々にして「暴力を振るわれるのは自分に悪いところがあるからだ」と思ってしまうのです(実際にはそう思わされているのですが)。あとで考えてみると、これとまったく同じかたちのハラスメントを受けていました。

この手法は非常に強力なので、私はうまく抗えず、そのまま退学についてはなかったことにされてしまったのでした。

今思えば、退学については事務室に行ってみたり他の教師に相談したりすればよかったのですが、当時は学校の窓口と言えば担任教師しか考えられなかったので、その担任に退学の意志表示を無視されたことで、私にはもうどうすることもできない状態となりました。

4)休んだことをなじる【ダブルバインド】

退学できなくなった私は遅刻・欠席を繰り返すようになりました。正式に退学できないのなら、物理的に「行かない」という選択肢しかありません。こうして不登校になりました。

では、担任がそれに対して寛容かと言えばまったくそうではなく、休むことをなじるようになりました。

あるとき、飛び石連休だったところの間の登校日を勝手に休んで、かなり長めの休みを取ったのですが、それに対して担任は「勝手に連休にして」となじってきました。

そもそもこちらは退学したいと申し出て、あちらが無視したにも関わらず、さらに休んだことまでを批判してきたのです。批判するくらいなら退学させればいいのに、それもせずに、です。

こういう相矛盾する態度を取って相手を混乱させることをダブルバインドと言います。これもまた、ハラスメントの被害者に無力感を植え付ける効果を発揮します。私はこれによってますます縛られ、勉強どころではなく、精神のバランスを崩していきました。

2度の自殺未遂

以上のようなハラスメントによって、私の精神は疲弊していきました。最後の力を振り絞ったのは退学したいと伝えたときでしたが、それをはぐらかされたことで、打つ手がなくなりました。

不登校となることで何とか精神がすり減るのを防ごうとはしましたが、たまに登校すると上記のように批判され、余計に無力感が募っていきます。

学校には意味がない。だから退学したい。でもさせてもらえない。だから休む。しかし罪悪感に駆られて登校すると、また否定されて精神にダメージを受ける。――こういう地獄のサイクルに放り込まれれば、「いっそ死んでしまおう」という考えにたどりつくのは自然なことでしょう。というか、死ぬこと以外に合理的な解決策がありません。

一度目の自殺未遂は首吊でした。

自室のメタルラックにタオルをくくりつけて、そこに首を入れて、体重をかけました。すると、思ったよりもはやく、意識が遠のいていきました。「これだったら苦しまずにこのまま死ねるな」と、ぼーっとした状態で思ったのを覚えています。

しかし、「このままだと本当に死ぬ」と思って、タオルに体重をかけるのを中断しました。メタルラックにもたれて座っている状態だったので、すぐ体勢を戻すことができたのです。が、もうあと数秒か数十秒遅れていたら、あのまま死んでいたでしょう。

ちなみに、この方法で死ねるのかと思う方もいるでしょうが、X JapanのHIDEという人はドアノブに掛けたタオルで首吊をして1998年に亡くなっています。うろ覚えですが、たぶん私はその方法をマネていたのでしょう。

二度目の自殺未遂はバイクで対向車に突っ込もうという過激なもの。

これはもう高校を卒業して少し経ってからですが、まだ精神が壊れていて復旧できてなかった頃のことです。バイクで100キロ近いスピードを出し、無茶な運転をし、事故死してやろうと思いました。

しかし、いざ対向車線を走って、目の前に車が迫ってくると、そのまま突っ込むことはできず、とっさに進路を変えて、元の車線に戻りました。結局これも外形的な被害は生まれませんでした。

二度の自殺未遂のどちらも、確実に死のうという行動ではありません。下手をすれば死んでいたかも、という程度ではあります。が、正常な状態からかなり遠ざかっていたことは分かっていただけるでしょう。あの状態が続いたなら、いつかのタイミングで本当に死んでいたはずです。

そうして、そのようになった原因は熊谷西高校の担任教師によるハラスメントでした。

なぜ担任教師はハラスメントを行ったのか?

このように追い詰められた高校時代の私ですが、なぜ担任教師は私にモラハラを続けたのでしょうか? いま常識的に考えれば、退学したいならそれについて繰り返し話し合ったり、定時制や通信制への転校という選択肢を示したりすればよかったのに。

なのに、彼は私に無力感を抱かせ、自発的な思考力を奪い、精神を痛めつけることで身動きできないようにしました。これはなぜなのか?

1)大人の社会に適応させるため

漠然とした言い方ですが、いわゆる「大人の社会」に適応させるため、だったと言えるでしょう。

高校というのも一種、大人の社会のひとつです。その入口段階の機関です。ここでは、好きでないものをガマンしてやったり、好奇心や自発的な考えを封じることが要求されます。

これはサラリーマンなどの大人になって本格的に求められることですが、高校はその訓練の場として機能しています。あの教師はそれを分かっていたので、私もそういう場所に適応させようとしたのでしょう。かなり強引なやり方で。

しかし、だれも彼もがそこに適応できるわけではありません。また、そうする必要もありません。普通の全日制の高校に合わない人のために、定時制や通信制の高校、あるいは高認(当時は大検)があるのです。

無理をしてまで、あるいはこちらに無力感を植え付けてまで高校に適応させようとするのはハラスメントを通り越して虐待と言っても過言ではないでしょう。

2)教師という立場のせい

こうも言えるでしょう。彼は高校教師という立場に縛られていた、と。

教師としては、生徒を登校させて、無事に卒業させることが求められます。遅刻・欠席があれば叱って、あるべき高校生を作り上げることが教師の立場にあるものの仕事です。

彼はそれに縛られすぎていたのでしょう。

その結果、私自身の声にはまったく耳を傾けてくれませんでした。退学したいと伝えてもうやむやにされ、高校の勉強というものへの疑問も受け止めてもらえず、よりよい選択肢や情報を提示してももらえず、ただ「こうすべき」という考えを押し付けられました。私の精神が害されることにはまるで無頓着でした。

ところで、アドルフ・アイヒマンをご存知でしょうか? この人はナチスドイツでユダヤ人の大量虐殺に関わった人物です。いかにも悪人のようですが、戦後、裁判を通じて明らかになったのは、アイヒマンが罪の意識なく、ただ「自分の立場にしたがって仕事をしていただけだった」という衝撃の事実です。人間というのは、組織の中で求められれば、罪悪感なしに虐殺すらしてしまうものなのです。

あの担任の教師も、高校教師としての役割を果たしていただけ。きっとそう思っていたに違いありません。生徒の心が傷つき、自殺未遂に追い込まれていてもお構いなしだったのです。

セカンド・ハラスメントを越えて

以上のようなハラスメントがあったわけですが、こういう話をすると次のような反応をする人もあるかもしれません。

「そんなのたいしたことじゃない」
「だれだってその程度の嫌なことはある」
「高校とか担任教師なんてそんなものだ」
「自分にも落ち度があったんじゃないのか」

このような反応をぶつけることをセカンド・ハラスメントと言います。これはモラハラに限らず、ハラスメント全般に起こることです。

最初のハラスメントがあったあと、まったく別の人がそれについて問題を矮小化したり被害者のせいにしたりするという現象がよく起こるのです。セクハラされた女性が被害を訴えたとき、「あなたにもすきがあったんじゃないの」とか「それくらいよくあることだよ」と言われ、余計に精神的苦痛を受けるというのはよく聞く話です。

私もこのセカンド・ハラスメントを受けるのはいやなので、日常生活で上記のモラハラ被害について語ることはほとんどありません。

ただ、それでも、セカンド・ハラスメント的な言葉は内面化されており、心の中でときおり響いてくることがあります。

「おまえが弱かったせいじゃないか」
「退学したいならもっと強く主張すればよかっただろう」
「他の教師、他の学校でも同じだったんじゃないか」
「なぜもっと反抗しなかったんだ」

などなど。こんな言葉が聞こえてきてしまいます。

もしかしたら、これを読んでいる方の中にも、こういうかたちで自分を責めてしまう人がいるかもしれません。しかし、それはあなた自身の声ではありません。セカンド・ハラスメントが内面化されてしまったものです。

もしその声をまともに受け取ってしまえば、またハラスメントに身を委ねることになってしまいます。これでは永遠に被害から抜け出すことができません。

第一のハラスメントは後からでも正しく認識し、加害者を正しく憎むこと。それが大事な気がしています。セカンド・ハラスメントをしてくる主体もまた悪質な加害者であると見抜き、適切に対処しましょう。

正常な自己認識の回復

担任教師によって植え付けられた無力感、精神的な不安定さ、苦しさ……。こういったものは高校を卒業したからといってすぐ消えたわけではありません。そんな生ぬるいものなら、ハラスメントはここまで社会問題になっていないでしょう。

結局、学習に関する無力感を抜け出すためには、大学受験を経験する必要がありました。私の場合は高校を卒業して2年たってから大学に合格・進学したのですが、そこでようやく、客観的な基準で自分が学習面において劣っているわけではないことの確認ができました。教師によって落ちこぼれ扱いされてから約5年が経っていました。

人間関係における無力感が抜けてきたのは大学に入ってからです。フリーター(ほぼひきこもり)時代、予備校時代、大学時代を通じて他者とまともに交流できることを何度も確認して、ようやく精神的に立ち直ってきました。

それでも、大学時代はまだ落ちこぼれの感覚が抜けず、「一流大学の学生」として周りから扱われてることにものすごい違和感がありました。私の自己認識は「成績が悪くて友達も作れない不登校の高校生」にまで貶められ、そのあともひきこもりのような状態だったので、「優秀な大学生」としての自己認識を獲得するのにえらく手間取ったのです。高低差が大きすぎでした。大学生としての意識がなじんできたのはもう3,4年生になってからです。

このように、実際のハラスメントを受けたのは高校1,2年のときだけですが、回復にはかなりの期間がかかっています。高校3年生でやや回復し(このときの担任は問題なかった)、卒業後の1年は脱力感に襲われたまま1年間ほぼひきこもりで、次の1年でようやく受験勉強ができるようになった。

大学に入ってからもしばらく場違いな感覚は続いていたので、短く見積もっても精神がある程度健康になるのに5年ほどはかかっています。もちろん、あのハラスメントの影響はそこで完全に消えたわけではなく、いまだに尾を引いています。それを完全にゼロにすることは一生できないでしょう。

今すぐ高校をやめよう!

もしこの記事を読んでくれたあなたが高校生で、学校という場所に違和感や苦しさを覚えているのなら、ぜひ、高校をやめてください。そのままそこにいたら精神を破壊されます。

他の記事でも散々書いていますが、すでに普通の高校はオワコンなのです。とっくに役割は終わっているのです。コロナの影響で自宅待機していたなら、もう分かったのではないでしょうか。学校に行く必要なんかない、と。

高校をやめたとしても、高認を取って大学受験をする方法もあるし、あるいは定時制や通信制に移るという方法もある。案外、途中で移ってもみんなと同じ18歳で卒業できたりもします。知らないだけなんです。大学に進学して卒業すれば、もうどこの高校を卒業したか、途中で転校したかなんてだれも気にしやしません。中退や編入をすると不利になるかのように言われているのは、ある種の脅しに過ぎません。

熊谷西高校にはもうあの頃の教師はひとりも残っていないでしょうが、組織というのは構成員が変わってもシステムや風土は温存してしまうものです。圧倒的な実力を持つ人物がトップとなって改革をすれば変わることもありますが、公立高校でそんなことはまずありません。となれば、あとは生徒一人ひとりがその無意味さを悟り、離れていくしかないのです。