義務教育という言葉はいまだに誤解されています。混乱を引き起こしています。よく聞くのはこんなセリフ。
「子供は学校に行くのが義務」
「親が子供を学校に行かせるのが義務」
どちらも間違いです。この記事では、義務教育にまつわる誤解を解いて行こうと思います。
目次
義務教育は二重に誤解されている
まずは義務教育という言葉の間違った理解を2つ、ご紹介します。
誤解1:学校に行くのは子供の義務
よくある誤解、それは「小中学校は義務教育だから、子供はイヤでも学校に行かなければいけない」というもの。だれしも小さい頃はこんなふうに思っていたのではないでしょうか。
しかし、これは間違い。子供は「教育を受ける権利」を持っているのであって、通学の義務などありません。
むしろこの誤解は、学校へ行き渋る子供に対し、親や祖父母など周囲の大人が一種の脅しとして利用することが多いでしょう。
「学校行きたくない」
「だめ。義務教育だから行かなきゃいけないんだよ」
どこの家庭でも、一度くらいこんな会話が交わされたに違いない。私も小さい頃に言われたような気がします。
間違いだとわかった上で、子供を学校に行かせるために「義務教育」を使う。感心しません。ですが、子供に植え付けられたこの誤解は割とすぐ解けるものです。
誤解2:学校に行かせるのは親の義務
もっとずっと根が深く、大人でも陥っているのがこの誤解です。
「子供を小中学校に通わせるのが義務教育。だから、無理をしても登校させなければいけない」
こう思い込んでいると、子供が不登校になったとき、自分が「義務違反」をしているのでは、との罪悪感を覚え、悩むことになります。
しかし、これも厳密に言うと間違いなのです。
憲法や法律に照らしても、不登校の子供を”無理やり”に小中学校へ通わせることは義務ではありません。ご安心ください。
もちろん、子供に教育を受けるチャンスを与えないのはだめです。たとえば、最初から学校に行かせず家でこき使うとか、ただ遊ばせておくとか。これは、親に課されている教育の義務に違反します。罰金10万円という罰則規定もあります。
ですが、子供を学校に入学させ、通学のための条件も整えていれば、それで親としての教育義務は果たしていることになります。「子供が不登校だから、親としての教育の義務に違反しているんじゃないか?」なんて思う必要はまったくありません。
「子供に教育の機会を与えるのは義務」だけど、「無理に学校に通わせるのは義務ではない」のです。ちょっとややこしいところですね。
義務教育とは何か? まとめ
まとめますと、こういうことです。
「義務教育」の意味は、政府や自治体、保護者などが子供に小・中学校9年間の教育環境を整えてあげること。子供が学校へ行くのは義務ではないし、親が子供を無理やり学校に通わせなきゃいけないということでもない。
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義務教育を定めている法律
以上が結論なのですが、法律的な根拠が気になる方のために解説をします。少々ややこしいので、興味がある方のみごらんください。
日本国憲法 第26条
まずはご存知、日本国憲法です。
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
日本国憲法 第26条
この条文で「義務教育」という言葉を使ってしまったのが、現在まで続く誤解のタネかもしれません(「普通教育は、これを無償とする」としておけばよかったのかも)。
この当時はまだ子供全員にちゃんとした教育が行き届いていなかったため、「労働などで酷使せず、しっかり教育を受けさせるべし」という意味で義務教育が謳われています。
この憲法の条文を受けて、個別の法律でも教育について定められています。
教育基本法 第5条
教育関連の法律の中で、いちばん根っこにあるのがこの教育基本法です。日本国内におけるさまざまな教育の理念と基本原則が定められています。
その中にこう書かれています。
国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。
2 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。
3 国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う。
4 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料を徴収しない。
教育基本法 第5条
先ほどの憲法の文言をもう少し掘り下げた内容となっていますね。しかし、保護者の義務に関してはとりたてて具体的なことは書かれていません。
学校教育法 第16,17,144条
こちらの法律ではさらに具体的に学校教育制度について定められています。この中にも義務教育についての規定があるので見てみましょう。
保護者(子に対して親権を行う者(親権を行う者のないときは、未成年後見人)をいう。以下同じ。)は、次条に定めるところにより、子に九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
学校教育法 第16条
保護者は、子の満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満十二歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う。ただし、子が、満十二歳に達した日の属する学年の終わりまでに小学校の課程、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部の課程を修了しないときは、満十五歳に達した日の属する学年の終わり(それまでの間においてこれらの課程を修了したときは、その修了した日の属する学年の終わり)までとする。
2 保護者は、子が小学校の課程、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部の課程を修了した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満十五歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを中学校、義務教育学校の後期課程、中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部に就学させる義務を負う。
学校教育法 第17条
このように、具体的な年齢と学校の種別まで指定した上で、保護者が子供を就学させる義務が定められています。
さらに、この法律にはこんな条文もあります。
第十七条第一項又は第二項の義務の履行の督促を受け、なお履行しない者は、十万円以下の罰金に処する。
学校教育法 第144条
おや、罰金という言葉が出てきました。親は子供を小中学校に行かせないと、督促を受けて、最終的には罰金を取られてしまうということなのでしょうか?
学校教育法施行令 第20,21条
教育基本法については、さらに細かい運用を定めた施行令があります。この中で上の第144条についても詳しく規定されています。
小学校、中学校、義務教育学校、中等教育学校及び特別支援学校の校長は、当該学校に在学する学齢児童又は学齢生徒が、休業日を除き引き続き七日間出席せず、その他その出席状況が良好でない場合において、その出席させないことについて保護者に正当な事由がないと認められるときは、速やかに、その旨を当該学齢児童又は学齢生徒の住所の存する市町村の教育委員会に通知しなければならない。
学校教育法施行令 第20条
市町村の教育委員会は、前条の通知を受けたときその他当該市町村に住所を有する学齢児童又は学齢生徒の保護者が法第十七条第一項又は第二項に規定する義務を怠つていると認められるときは、その保護者に対して、当該学齢児童又は学齢生徒の出席を督促しなければならない。
学校教育法施行令 第21条
太字にした留保の部分に注目してください。
子供がいじめや心身の不調などのせいで不登校だったら、これは「正当な事由」があると認められるし、親が「義務を怠っている」わけでもありませんよね。
なので、一般的な不登校のケースでは出席の督促など来ないし、罰金を課されることもないわけです。
親が子供を学校に行かせる気があって……というか、むしろ行って欲しいとさえ思ってる状態で、教育委員会から督促なんて来るはずがありません。
法律論まとめ
だいぶ難しい話になってしまいました。ここまで来ると法律のお勉強という感じです。
とにかく、義務教育というのは憲法や法律で定められているけれども、それはすべて子供に教育の機会を与えるためのもの。それを根拠に「不登校は義務違反」なんて言えないわけです。
ちなみに、インターネットで法令を調べると改正前の古い条文が出てきてしまうことがあり、混乱するかもしれません(同じ内容でも改正前後で第何条かが違ってきます)。最新かつ正確な情報は「電子政府の総合窓口 e-Gov(イーガブ)」で検索して確認することができます。
「義務教育」という言葉に踊らされないで
法律の話はちょっとややこしいですが、結論は前半で述べた通りです。
×「子供は学校に行く義務がある」
×「親は無理強いしてでも子供を学校に行かせる義務がある」
○「国・自治体・保護者は、子供に教育環境を整えてあげる義務がある」
義務教育の意味は、子供が学校に行かねばならないということでもなけれれば、親が無理強いしてまで子供を学校に行かせなければいけないというものでもない。
子供には生きていくための最低限の教育を受けさましょうよ、というのが憲法および法律の趣旨です。まさか、不登校の子の親がその義務に違反する、なんて話ではありません。
義務教育という言葉を便利に使って子供を脅すようなことはよくないし、親が変な罪悪感を覚える必要もないのです。